数多くの女性誌で連載を持ち、雑誌や広告のヘアメイクなど幅広い分野で活躍。おしゃれで可愛い顔をつくる“イガリメイク”は、多くの女の子の憧れとして話題を呼び、著書『イガリメイク、しちゃう?』『裏イガリメイク、はいどうぞ』(ともに宝島社)は累計17万部を超える人気ぶり。2018年には自身のコスメブランド「WHOMEE 」を立ち上げ、ますますパワフルに活動の幅を広げる。
美のプロだからこそ知る、きれいの裏側を覗く好評連載。今回ご登場いただくのは、女の子の可愛さを引き出す“イガリメイク”で大人気のヘア&メイクアップアーティストのイガリシノブさん。多くのモデルやタレント、女優を虜にするイガリさんですが、そのメイクのこだわりは、誰でも簡単に真似できて可愛くなれること。メイク現場での思い出やスキンケア法、イガリメイクの誕生、そしてトレンドメイクについて2回にわたってお届けします。
ヘア&メイクアップアーティストの道を選んだきっかけは?
「学生の頃はヘア&メイクという仕事があることも知らなかったんです。ただ、ギャル世代だったので、友達みんなとコスメを買いに行ったり、メイクをし合ったりして楽しんではいたのですが、その頃はファッションのほうが好きでした。深夜に放送されていた『流行通信』をチェックしたり、雑誌『Zipper』の読者モデルをしたり、高校の頃はお洋服一辺倒。撮影でヘア&メイクさんにメイクをしてもらって『あ、こんな職業もあるんだ』って思った程度で、当時は薬剤師になりたかったんですよ。でも、自分の成績では理系の大学に行くのは無理だし、将来どうしよう?と」
そこからヘア&メイク志望に急展開を?
「高校3年生の夏休みにとりあえず専門学校のファッション科の体験に行ってみたんですね。夏休みに寮で3日間体験できるので、せっかくだからいろいろやってみようと、ヘア&メイク科も申し込みました。そうしたら、私、ファッション科の授業で、埃アレルギーがひどくて、とにかくつらくて……断念。それで、ヘア&メイク科にすごくカッコよくて素敵な先輩がいて、この人がいるところなら何か面白いことがあるんじゃないかと。動機は単純。
ヘア&メイク科に入ったもののあまり授業になじむことができず、結局1年で学校をやめてロンドンへ行きました。帰って来てからはブライダルの仕事をしたりしながら、24歳の時に当時活躍していたヘア&メイクアーティストのアシスタントに幸運にもつくことができ、そこからヘア&メイクの道がスタートした、というわけなんです。
でも、今思うと、小さい頃から両親の影響でファッションが好きだったし、薬剤師になりたかったのは『困っている人を助けたい』という気持ちが強かったから。ヘア&メイクはその両方に携わることができる仕事なんじゃないかなと思います、
ヘア&メイクになると決めてからは、両親に認めてもらいたい!という思いが原動力でした。私の家は両親がとても厳しいんですね。専門学校を途中でやめたり、ロンドンに留学したり、帰ってからも定職につかず好きにしていた自分を、今度こそは絶対にやりきる姿を見せてやる!という反骨心もあって、仕事がどんなにつらい時もがんばれましたね」
アシスタントから独立して15年。振り返ってみると?
「いつが楽しかった?と聞かれたら、今が最高、いちばん楽しいと感じています。
今はSNSを使って一般の子にもメイクを教えられる時代。私はモード系のメイクを学んだ方たちとは違って、メイクがすごく上手なわけではないから、普通の女の子たちのメイクの悩みがよくわかるんです。『アイラインを引くのが難しい』って、そりゃそうだよねって。でも、『引くときにこうすればラクに引けるんだよ』って教えてあげられる。
メイクショーやセミナーなどの機会が増え、イガリメイクが誰でもできるためのブランドをつくり、SNSで直接発信ができる。一般の女の子にメイクを教えられるのがすごく嬉しいし、今、楽しいですね」
いちばん思い出深いことは?
「雑誌『ViVi』で加藤ミリヤさんのメイクをずっと担当してきたのですが、人気が爆発する少し前から一緒に歩んで来られたのは貴重な経験でした。
最初は、雑誌の後ろの白黒ページからはじまって、『絶対カラーページに出られるようにするからね』『“ミリヤメイク”って言葉を流行らせるから』と言って盛り立てて……。あれよあれよという間に売れていき、日本武道館でコンサートまでするようになって、ひとつひとつ階段を登っていく姿を間近でサポートできたのは本当に感慨深いですね。
私、学生時代に専門学校の先生から、109の看板はすごく高額なんだよって聞いたときに、看板って広告なんだと初めて知ったのですが、そのときからずっと『109の看板のメイクをいつかやりたい』と思っていたんです。加藤ミリヤさんのアルバムのメイクを担当し、アルバムジャケットが109の看板になって、その夢も叶いました。あの頃は毎日が目まぐるしくて、とにかく忙しかったですね」
そんな多忙な日々。ハプニングもあったのでは?
「毎日のように数多くのモデルさんやタレントさんのメイクを担当して、あまりにも忙しすぎて、現場でうっかり名前を呼び間違えて怒らせてしまったことがありました。しかも生放送のオンエアの10分前。その場にいたみんなが凍りついてしまい…、まずい、これはもう誰かやめるしかないと本気で思いました。ヘア&メイクというのはタレントさんの気持ちをいちばん近くで盛り上げてあげるのが仕事なのに、その反対のことをしてしまったと反省しました」
現場でモデルの肌調子が悪い時のレスキュー法は?
「私、自分の肌が弱いからよくわかるんですが、肌が荒れたら、洗うしかないんです。ちょこちょこ何かを塗ったり触ったりするのはもっと荒れさせてしまうだけ。モデルさんやタレントさんの肌の調子が悪かったら、まず顔を洗ってもらいます。今、顔についている不要なものを全部落としてもらい、肌が落ち着くまで待つ。洗って落として、潤して1時間もすれば、どんな肌荒れも引いてくるもの。もし、その日の撮影のヘアメイク時間が1時間30分だったら、『残りの30分で仕上げるから大丈夫だよ、安心して』と話し、リラックスしてもらいます。私自身の肌が敏感で荒れるのを経験しているから、わかる。これは絶対です」
ちなみに、手放せない愛用スキンケア製品は?
「メイクの現場には必ず持っていく2品があります。私も愛用しているのですが、モイストバランスローション(アクセーヌ)とクレンジングウォーター(江原道)。やさしい使用感でどんな肌でも安心です」
メイクで隠すより、肌を立て直すことが先決なんですね!
「そう、メイクの完成度のうち80%はスキンケアが占めると思っています。だから、メイク現場で必ず行うのは、体をじっくり温めること。体が温まり血流が巡ると、顔色も明るくトーンアップしますし、ツヤも内側から出てきます。
スチーマーで温めるのはもちろん、お尻の下に敷くヒートクッションも常備。真夏の撮影でも欠かさず持って行きますよ、夏こそ冷えているので。体を温めて肌ツヤが整えば、メイクのノリもよく、潤いを肌の内側に含んだような仕上がりに。難しいテクニックは必要なく、簡単なので、ぜひ一般の方にも試してもらいたいです」
イガリさんの代名詞でもある“イガリメイク”。 一世を風靡した“目の下の血色チーク”はどのように考案を?
「この頬骨と目の下の間のチークの入れ方は、もともと加藤ミリヤさんのメイクでもピンク色のチークでしていたんですよ。自分でも中学生の時に同じようにチークをしたりして“おてもやん”って友達に呼ばれていたのですが。
それが赤になり、じゅわっと血色感を与えたのが、イガリメイクです。実はこれ、アメリカの映画『ロード・オブ・ドッグタウン』に出てくる少年の顔にあるそばかすの塊がすごくキュートで可愛くて、そこからもヒントを得たものなんです。目の下の凹みに色を入れたら、日本人でも立体感のある顔立ちになれるんじゃないかって」
イガリメイクと呼ばれるようになったのは?
「雑誌『ar』の表紙を担当させていただいた時期にパワーショルダーやちょっと色気のある服が流行ったりして、私のメイクの雰囲気とファッションのトレンドが重なったんですよね。『ar』さんが発信していた“おフェロ”という言葉にもハマり、SNSも浸透してきた頃で、いつの間にか“イガリメイク”と言われるようになって、『イガリメイク、しちゃう?』という本を出した時も、すでにみんなからそう呼んでもらえていました。“ミリヤメイク”は加藤ミリヤさんと狙って作った言葉でしたが、まさか自分までイガリメイクと呼んでもらえるとは、すごく嬉しかったですね。
ちなみに、ミリヤメイクには実は語源があって、“アムロマユゲ”から来ているんです。この6文字のフレーズって、響くんですよね。加藤ミリヤさんにも絶対みんなに響くからと言って“ミリヤメイク”と名づけたのですが、ルーツはそこからなんです」
時代にマッチしたとはいえ、ここまで広まったのはなぜ?
「“大人可愛い”の時代から、次のトレンドやお手本をみんなが探していた時期だったからではないでしょうか。私としてはとてもラッキーだったと思います。
でも先ほども話しましたが、このメイクは流行る何年も前からずっと続けてきたものなんです。今はSNSでトレンドの移り変わりが早いのですが、当時は最低でも3年は続けないとみんなには浸透しないと思っていたので。あとはメイク自体がとてもわかりやすかったからですかね? 頬骨も目の下の凹みも必ず誰にでもあるじゃないですか。(おでこを指差しながら)こんなところに目がある人、いないですよね? だから、簡単なんです。
顔型や顔立ちに似合うようにチークを入れるのは難しくても、必ず顔にあるところにチークをのせるだけなら誰でもできます。それがみんなに受け入れてもらえた理由かなと思っています」
独自のセンスとユニークな視点を持ち、女の子を可愛くしたいという気持ちに溢れたイガリシノブさん。後編ではこの秋のトレンドメイクについて教えてもらいます。
撮影協力/BONDI CAFÉ(ボンダイカフェ)
東京都港区南麻布5-15-9 パルビゾン70 1F 03-5422-9449
撮影/国府田利光 取材・文/杉浦凛子