世間的に僕は、『昼顔』と『壁ドン』と『ちょっとミステリアス』な人らしい…です。
「今日は映画のプロモーションで、永野さんとテレビの収録に行ってきました。そこで永野さんが僕のことを称して『昼顔と、壁ドンと、低い声でもったいぶって話すミステリアスさ。この三つで売ってる人』とおっしゃって。三つ目は全く意識したことがなかったので驚きました。でも、それを検証する自分の密着VTRをその番組で見たら、実際話す前に一呼吸おいていることに気がついたんです。これはミステリアスを装っていると見られても仕方がないなと」
そうはにかみながら話す斎藤工さん。184センチの高長身、印象的な大きな瞳、しかもその低音ボイス‥‥‥世の女性のみならず、男性までもが思わず「カッコイイ」と感嘆する声が聞こえてきそう。そんな斎藤さんが新作映画『MANRIKI』について話し始めると、“フィルムメーカー・齊藤工”としての顔つきに変わりました。
はじまりは永野さん。彼の才能に惚れ込んだ者として、映画を作り、永野ワールドを放ちたい。
「映画製作のきっかけは永野さんでした。とあるイベントの楽屋で、既に小顔のモデルが小顔になりたいと話しているのを聞いて、彼は違和感を覚えたそうです。そんなに小顔になりたければ、いっそ工具の“万力(まんりき)”で顔を挟んだらいいんじゃないか、と。僕はそれを聞いて、街中に不自然な小顔があふれる画が浮かんだ。これを映画にしたら面白くなるぞ、と」
それが3年前のこと。永野さんといえば、世間的には「ピカソより普通にラッセンが好き」というネタの印象が強いお笑い芸人ですが、
「お笑いライブを見れば、ラッセンは彼のささくれ程度でしかないことに気づきます。あの人の世界観を日本に留めておくのはもったいない。映画というツールで永野ワールドを世界に放ちたい」
永野さんとは同期しすぎるところがある。精神世界で『あ、これ自分だ!』って瞬間があったり。
お笑い芸人の方たちとも親交がある斎藤さんは、もともと永野さんの大ファンだったそう。
「以前から永野さんの視点に、映画的なものを感じていました。日本の映画は“出汁”の文化だけど、永野さんの世界には、海外のカルト映画のような“刺激物”がある。例えば叫び声で人を殺す映画『ザ・シャウト』は、日本だとスプラッター映画にジャンル分けされがちですが、カンヌではれっきとした芸術作品として認められています。永野さんのネタもそう。矛盾から生まれる爆発的な刺激に映画的要素を感じるんです」
永野さんを分析し、分かりやすい言葉で理路整然と話す斎藤さんに驚きつつ、永野さんはどんな存在なのかうかがったところ…、
「共感することが多くて、精神世界の中で同期することも。この映画は原作・脚本が永野さん、主演が僕ですが、特に彼をイメージして演じているわけではないのに『あっ、これ自分だ!』っていう瞬間が何度もありました」
精神世界、同期、矛盾から生まれる爆発。先の三つの要素をまといながら、混沌とした世界で生きる不思議な人。そのカッコイイの奥にある真髄に触れてみたい! そんな意欲がますます湧いてきました。
いくつかの映画会社には門前払いされたけれど、僕はシメシメと。それは他人が作れないものを作った確証になるから。
こうしてできた刺激的な映画『MANRIKI』。映画業界での評価は想定内のものだったと斎藤さんは続けます。
「テーマが偏っているからか、配給を打診したいくつかの映画会社には門前払いされました。でも、僕はシメシメと。それって裏を返せば他では作れない映画を作ったという確証になるじゃないですか。だから、宣伝するときに、めっちゃそれを言ってやろうって。とはいえ、映画製作という自分の主戦場を持てることはありがたいことだと感謝もしています」
感情的にならず、状況を客観視し、しかもそれをシメシメと笑える。斎藤さんの奥には底知れぬ本質が渦巻いている予感がします。
その土地の風習、習慣、伝承を扱う。それがいい映画だと思う。
今回の映画作りのなかで、斎藤さんの意識は海外にあったといいます。
「地域の特色を題材にするのはいい映画のセオリーだと思う。自分たちには当たり前のことも、外国人から見れば特異なことですから。
例えば『おくりびと』がアカデミー賞を獲ったのも、納棺師や火葬というカルチャーが印象的だったからだと思います。僕が手掛けた初の長編映画『blank13』と同じく、今回の『MANRIKI』でも日本のしきたりを盛り込みながら海外を意識して作りました」
海外でモデルをした経験は大きかったですね。自分のルーツを問われるというか。
海外への関心の高さは、十代の頃、海外でモデルをしていた経験も影響していると斎藤さんは続けます。
「向こうでファッションショーのオーディションに臨むとき、金髪では不利。日本人である僕は“黒髪”こそ、個性になるんです。当時はお金がなくて、染めたくても染められず、たまたま黒髪の長髪でした。でも、それが決め手になってオーディションに合格したことも。
モデルに限らず、海外で引っかかりを生むには、自分のルーツや過ごしてきた時間を信じるしかない。だから若いうちに日本を出た経験は大きかったですね。今でも海外に行くと律せられるというか、日本にいるとき以上に、小手先ではない自分の本質が問われる気がします」
ジャンル的にはタレント映画。でも、僕のことを知らない、地球の裏側の人にジャッジしてほしい。
知っての通り、俳優とフィルムメーカーという二足の草鞋を履く斎藤さんを、否定的な目で見る人もいるのも事実。そこにはどう向き合っているのでしょう。
「俳優が映画を作ると、タレント映画とジャンル分けされてしまうのは仕方がない。それはネガティブな気持ちではなく、自分の置かれている現状や状況だと思い、受け入れています。だからこそ、僕のことを知らない地球の裏側の人に、まっさらな気持ちで判断してもらいたい。そのジャッジが日本に返ってくればいいなと」
この映画は今、まさに飛び立とうとしている瞬間、なんです!
海外の映画祭にも積極的に出品。第23回プチョン国際ファンタスティック映画祭ではEFFFF Asia Awardを受賞したほか、数々の映画祭で入選を果たしています。
「アジアの片隅の映画ですが、どこかの国の誰かがそれを観てコネクトする瞬間ってあると思う。それが映画の面白さ。3年前、永野さんとの何気ない会話のなかで見えたものがやっと形になり、今、翼を生やして飛びたとうとしている。楽しみで仕方ありません」
取材の裏話を少々。
インタビュー中、スタッフの携帯電話に着信があり、慌てるスタッフ一同。「す、すみません」と謝るスタッフに、「僕が代わりに出ましょうか?」と茶目っ気を覗かせた斎藤工さん。これでは惚れてしまう。
フィルムメーカーとして自身のクリエイションを熱く語りながらも、周囲を一瞬にして魅了する振る舞いには、人気俳優らしいスター性以上の愛すべき個性を感じました。深堀りしがいのある男、斎藤工さん。
次回中編ではコスメと女性のきれいについて伺います。お楽しみに!
映画情報
撮影/塚田亮平(塚田和徳事務所) 取材・文/間中美希子