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Inner Care】【COLUMN

2018.10.13

禅と活花。華道家には美人が多い?

みなさん、こんにちは。今日はどんな一日になりそうですか?

大竹稽がお送りする「禅と美容」。

目がくらむように過ぎ去る時間からちょっと抜け出し、立ち止まってみましょう。

道ばたに咲く花の美しさに気づくかも…そんなコラムになりますように。

そして今回も前回に引き続き、崇禅寺の岩田真哉和尚にお話をうかがいます。

和尚と華道家の共通点。

さて、あなたはお寺へ行くことはありますか? たとえば京都。観光でどこをめぐりますか? 清水寺や金閣寺、お寺の目玉スポットは数多くありますよね。こんな風な観光ではなくても、日ごろからお寺へお参りされているかもしれません。

 

では、お寺の本堂や玄関で目にするものはなんでしょう? お花が活けてあるんです。

そこでふと頭に浮かんだことが、コレ。

「華道家さんって美人が多い?」

この夏のドラマの影響かもしれませんが、少なくともわたしの周りにはきれいな人が多い。「和服が好きなんでしょ?」と笑うなかれ(たしかに好きですが)、じっさい、髪や肌につやがある人ばかりです。

そして、和尚さんたちもお肌がつるぴか(頭に負けず劣らず)なんです。ということは…? 花を活けることで人は美しくなる⁉

花への感謝。

「なるでしょうね」、と岩田和尚。

「活花とは、花を活かすことです。活かすという気持ちを大事にしなければなりません。たしかに、技術や花器などできれいに見せることもできますが、それらは方便でしかありません」

「活かす」がポイントのようです。

※画像v2-2

ところで、あなたは花を活けたことはありますか? 下手の横好きで、わたしは庭の花を水に浮かべてしばしば楽しんでいますが、その際、「かわいいね」「よく咲いてくれたね」と花たちと会話しています。

 

「そう、その感謝が大事なんです。花があることへ感謝する。花そのものの命を活かすという本質的なところをなくして、活花はできません」

 

四季折々の花が咲く、日本は世界でも恵まれた風土です。そんなところに生まれて暮らしているわたしたちは、それらが当たり前となって、感謝を忘れてしまいがちです。その心を取りもどさせてくれるひとつが活花なのかもしれません。

それにしてもなぜ、活花が美人につながるのでしょう。

あるがままで美しい。

「花の美しさは永遠のものではありません。いまある美しさを活かすこと、それは派手な美しさや理想的な美しさを求めることではありません。咲いているものを活かすことが、活花の基本です。咲いているものとは、あなた自身のことです」

 

禅を学び続けると、「なりきれ!」と叱咤されるようになります。活花では、「咲いているものがあなた自身である」ことになるんでしょうね。これは、「あなたは咲いているんですよ」と言い換えられそうです。

「禅はなにかにとらわれている心に気づかせようとします。『キレイ』にとらわれてもいけません。美も固定されないのです。季節の花を楽しむように、年代別の美を楽しめばいいんです。その美しさがあなたには、そもそも備わっているんです。秋に桜を求めてはならない。ないものを求める心は、美しくありません」

 

だれにでも「本来の美しさが備わっている」ということに気づく、それが美人の秘訣のようですね。「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」、有名な『徒然草』の一節です。満月もいいでしょう。でも、わたしたちには、三日月や弓張月を楽しむ心が備わっています。

本来のわたしたちは、あるがままで美しい。なんていうかその……、岩田和尚の話を聞いてきて、涙が出てきちゃいました。

 

文・写真/大竹稽(思想家、教育家)

PROFILE

大竹稽

大竹稽

思想家・教育家

『超訳モンテーニュ』の編訳者。 東大理三に入学するも退学。その後、私塾を始める。再度、東大大学院に入学しフランス思想を研究した。現在の活動は「てらてつ(お寺で哲学する)」など。編著書多数。

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