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COLUMN

2019.07.25

ノーメイクという化粧。

メイクをした状態が、人前に出るときのマナーということが、大人の女の当たり前になって久しい。ファッションやメイクに興味が無いタイプも、出かける時にはファンデーションと口紅だけは塗り、眉を描く。ちなみに人前とそうでない場合の境目は微妙であるが、コンビニやスーパーに行くときはすっぴんで問題ないが、同じ駅前でもこじゃれたカフェに入るときには、眉毛とアイラインぐらいは引いておこう、という感じだろう。普通、家族は人前ではないが、その家族感覚が職場レベルまで拡大している人は、そこでわざわざメイクをしなくなる可能性は高い。

気の置けない友人間もまた、家族間同様すっぴんでも大丈夫なはずだが、私の場合、50代以降にはダメになった。この、ある意味「親しき仲にも礼儀あり」感覚は、年齢を重ねてみて「良い人間関係は、努力して育てていくもの」であるという意識が強くなってきたことと無関係ではない。メイクは長い間の親しい友達の中でどうしても出てきてしまう、なれ合いとわがままを正す効果がある。加えて、長きに渡る友情への敬意という意味でも、私はメイクをする。

そういえば、ウチの母親は80代だが、この間会ったら、眉毛にアートメイクを施していたのでびっくりした。問い詰めると、「トシなんで、眉を描くのが面倒くさい」という。いや、すでにアンタは、完全にメイクの記号的使命は終わっている老境でしょ、と突っ込んだが、彼女の場合、眉毛が無い自然状態で人前に出ることは、長い間の習性で、裸で外出するぐらいの抵抗があるのだという。確かに、しっかりした眉と鮮やかな口紅だけで、老女にも現役感が出るということも凄い話なのだが。

 

とはいえ、そんな空気が世間を支配している日本で、ノーメイクを実践している知り合いを私は数人知っている。彼女たちのノーメイクは、前述したような、「社会を家族の延長と見なせてしまう鈍感さ」ではなく、意志的なものだ。一人は筋金入りのゲイの方で、彼女はもみあげのある短髪で、アメリカン・フィフティーズの男性ファッションがお気に入り。そういう「マニッシュ」が彼女のスタイルなので、当然ノーメイク。しかし、薄く綺麗な肌合いにそばかすが浮き出で、涼しい瞳の自然なまつ毛は長く、本当に若いときのディカプリオみたいな少年美がある。

 

もうひとりは読書家の編集者。彼女は森鴎外の娘の森茉莉の小説のファンで、森茉莉自身があるときから、メイクを一切止めてしまった、というエビソードの実践者だ。森茉莉がメイクを辞めた理由は、歳を取った女に化粧は似合わない、という彼女独特の美意識。美意識というものは、もうそれに準じて生きる人にとっては厳格なルール。なぜ、それが生まれたのかは知るよしもないが、私が想像するにそれはメイクアップのDNAに込められている「男を誘惑する」というセンシュアルな部分。老女がソレをしても私はそれはそれで堂々とした人間の営みだと思うが、森茉莉や友人の編集者の繊細な神経はその「色気の記号」としてのメイクが嫌なのだと思う。

 

メイクが女性のたしなみやモラル、社会参加の約束事ならば、ノーメイクはそれらへのアンチテーゼとなる。常にスクラップ&ビルドを繰り返しつつクリエイションを続けるコムデギャルソンの服は、ノーメイクの時ほど、その過激なエネルギーが剥き出しになる。筋金入りのグレイヘアでギャルソン御用達のとある業界人を知っているが、そのカッコ良さと言ったら!!! そういえば、彼女をこの間表参道近辺で見かけだが、そのノーメイクの出で立ちは、そこにネイティヴアメリカンの智恵のあるシャーマンが立ち現れてきたようだった。実際、彼女がタクシーに乗って立ち去った後、曇天の空がかき曇り、ゲリラ豪雨に見舞われたわけで、その威力はハンパないっす。

もう、お分かりだろう。ノーメイク実践者は、身だしなみメイクの女性たちよりも、フィロソフィーがあり、意志的であるということを。で、この私が、そういったノーメイクに挑戦する日が来るのだろうか、と想像してみた。毛染めをストップし、白髪をお下げ髪にして、装うのはコムデギャルソンか、はたまた、真っ赤なマントか・・・・。そんなことを想像すると何だか楽しくなってきた。

文/湯山玲子 イラスト/ヒラノトシユキ

PROFILE

湯山 玲子(ゆやま・れいこ)

湯山 玲子(ゆやま・れいこ)

著述家・ディレクター

出版社勤務を経て、フリー編集者に。書籍の編集や執筆、自身のファッションブランドのプロデュースなど幅広い分野で活躍。清々しく潔い発言で人気を博す。大の美容好きで、最近は新製品化粧品のリサーチのために百貨店のカウンターにも足繁く通う。http://yuyamareiko.blogspot.com/

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